短歌研究新人賞 佳作 「まりあの子」
からっぽの牛乳パックをのぞきこむ殺菌された愛が臭った
へその緒が繋がったまま息をするモラトリアムはホルマリン漬け
浴槽に手足をまげて頭までつかって毎晩胎児にもどる
左手に寄生したヒルかなしみはぬるま湯だからおぼれてしまう
鏡には成人女性の裸ありそれがわたしとむすびつかない
わたしには子宮があって乳もある「出ないマッキー捨てておいてね」
マタニティマークをつけた微笑みはうつくしいものと決められている
あくまでもスズランみたいなひとなんだ。毒親の毒はテトロドトキシン
産んでごめん、産んでごめんと繰りかえす生温い手がほほをなでゆく
ブリーチとカラコンをして過ごすけど戸惑う顔はあなたに似てる
手作りのおにぎりだけど(だからこそ)指をつっこみ戻してしまう
重力を1グラムでもへらすのはよだかの星に届きたいから
名前しか書けない名刺の空白は洗いざらしのTシャツの色
友達はOLさんになっていた(くらげになると言っていたのに)
普通にはなれない妙な遺伝子を小銭のようにポッケに入れる
障害を障がいと書くやさしさは伏し目がちなのわたしを見ない
ハタチまで生きてるなんて/ハタチまで生きてもわたしはわたしだなんて
自画像をめちゃくちゃに描く美術室わたしの影はずっと伸びてた
青を踏み青でよごれた上履きを脱いでも爪の隙間には青
靴ずれをしたままはるか遠くまで 移動する点Pが止まった
リリイ・シュシュ真似る五月の河川敷セットのように夕陽がおちる
自殺したひとの歌だけきいている自殺したひとのいた川の前
へその緒がぬるりと首に巻きついて息が苦しくなってきている
小人には小人の国が用意されおとぎ話が許されていた
大人にも子どもにもなれぬ怪物はピアスの数が増えていくだけ
一歩ずつ緑を踏んで春香る さよならさよならって草が鳴く
ぱんぱんに皮膚の内側ふくらんだいのちは赤いゴムまりのよう
蚊柱が巨大なマリア像になりわたしを川へ行かせはしない
川向こう少年たちが野球する ホームランしか分からない、打て
「来年はカーネーションを買うだろう」去年のメモをじっと見つめる