ミラサカクジラの短歌箱

歌人・ミラサカクジラの短歌や雑多な日記。

塔にのぼる少年

(お題・「涙は星になった」から始まる小説)

涙は星になった。ぽろぽろと頬を伝う度に、空に舞っては星になっていった。ため息は雲になった。うなだれて零す度に、厚い雲が夜の輪郭をつくっていた。

 

ぼくは世界でたった一人で、今日も煙突に登っている。上へ、上へ。ずっと前に「落ちていった」妹は、「これは_の塔だよ」と言っていたけれど、ぼくには関係ない。こんなのただの煙突だ。兄さんも、姉さんも、何か訳の分からない事を叫びながら「落ちていった」。ぼくはひとりだ。さみしいと思う時もある。かなしいと思う時もある。でもぼくはまだ落ちたくない。風が試すようにふいている。だから両手に力を込める。しかし、なんでそもそもぼくは煙突に登っているのだっけ?

どうして上へ行かねばならない?

疑問がわきあがり、膨張し、ぼくをのみこんでいく。のまれて、いく。手に力が入らなくなる。ゆらり。落ちる。落ちている。落ちていく。

 

 

「兄ちゃんが!目を覚ました!」

周りを見れば、ぼくはベッドの中にいた。

「ずっと訳の分からない言語で話しながら眠ってたんだよ、お前」

そうか、あれはバベルの塔だったのか。世界でひとりぼっちで、ひどく寒い夕暮れを思い出す。

ぼくは一音ずつ噛み締めるように、「ただいま」と言った。